広島県といったら思いつく食べ物ってなんでしょう? お好み焼き、牡蠣、レモン、もみじまんじゅう? いいえ、それだけではありません。瀬戸内海と中国山地を有する広島県は、温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、多様な食文化を楽しめる地域。美味しいものを求めて、広島中を巡ってきました。
笑顔とおしゃべりもご馳走! 山奥で味わう広島ソウルフード
最初に向かったのは広島県の山間部、安芸太田町。島根との県境近くにある、小さな集落です。田んぼと畑が広がる山の麓に、お店がポツンと一軒。「星の郷 あまんど」という看板が遠くからも見えます。夜は星空が大変きれいな地域だそうです。
お店を切り盛りするのは、とびきり元気な店主の増田初美さん。歌が大好きで、常に笑いとおしゃべりが絶えません。陽気で明るい増田さんに会いたいために、遠くからも人が訪れるそうです。軽快に冗談を飛ばしながらも、ひたすら手は動き、鉄板の上はみるみる野菜でいっぱいに。気付けば手際よくチャチャッと焼きそばを炒め、あっという間にお好み焼きが出来上がっていました。
増田さんは自身の畑で野菜も育てているそうです。自家製キャベツたっぷりのお好み焼きは、愛情もたっぷり。かなり大きくボリュームがありますが、ほとんどは野菜なので、意外とペロリと平らげてしまいます。
続いてもうひとつ、この地域のご当地グルメ「漬物焼きそば」も焼いてくれました。
安芸太田町は深い山の中にあり、冬はしんしんと雪が積もります。本州最南端の豪雪地帯と言われるほど。この地域の人々は、昔から野菜を漬物にして冬の保存食にしていましたが、あまりに寒いと漬物が凍ってしまうそう。そこで、火鉢などで漬物を焼いて食べていた、という文化があるそうです。
漬物を焼く、という古来の風習から着想を得て、現代の食生活に楽しめるものを、と開発されたのが漬物焼きそばです。今では安芸太田のソウルフードとして親しまれているとか。焼いた漬物は酸味に香ばしさが加わり、より深みのある味わいに。美味しくてクセになる焼そばです。
星の郷 あまんど
住所:広島県山県郡安芸太田町上筒賀878
HP: https://cs-akiota.or.jp/enjoy/eat/hoshinosato-amando/
広島の秘境「三段峡」で、美味しい水と空気も満喫!
「星の郷 あまんど」から、車で約15分のところには、広島の秘境ともいわれる景勝地「三段峡」があります。一緒に訪れるのがおすすめ。
全長16kmに及ぶ渓谷は、国の特別名勝に指定されています。四季折々に息を呑むような美しい景色が続く遊歩道を歩き、川の流れる音、木々や草花の香りなど、自然を五感で感じながらめいっぱいリラックス! ハイキング初心者や日帰りの旅行者でも楽しめるスポットです。
今回は「らぴっど Kayak School」代表の小林久哉さんがガイドとして同行してくれました。小林さんは三段峡を知り尽くしており、カヤックの技術指導だけでなく、アウトドア全般の専門家。安芸太田の自然にまつわる歴史や魅力、環境問題に関することなどを丁寧に説明してくれました。耳を澄ますと不思議な音が聞こえる狼石(おおかみいし)、実はたたら製鉄と繋がりがあったという炭焼窯の跡など、おもしろい豆知識をところどころに挟みながらの楽しい峡谷散歩です。
三段峡は昔、林業の人でさえ悪谷と呼んでいたほど険しく、未踏の渓谷だったそうですが、1917年(大正6年)に写真家の熊南峰によってその素晴らしい渓谷美が見出されました。美しい自然を守り、未来へ継承したいという先人たちの情熱的な思いは、この地を愛する人々の努力によって受け継がれ、現代も豊かな生態系と美しい景観を保っています。私たちが今この風景を観られるのは、先人たちが懸命に守ってくれたおかげ。自然の大切さを改めて強く感じます。
さて、三段峡に来たら、ぜひ食べておきたいのが名物の「橡餅(とちもち)」。森の奥に自生する栃の古木から採れる実を、丁寧にアク抜きして、もち米と一緒に蒸し、つきあげた、昔ながらの無添加のお餅です。素材そのものの素朴な味わいで、三段峡の豊かな自然を丸ごと頬張っているよう。軽く焼いて食べても美味しいそうです。
三段峡入り口にある「三段峡ビジターセンターLOUPE」の隣の売店で販売。ここにはカフェもあり、三段峡の水を使った自家焙煎コーヒーが飲めます。三段峡の水は不純物が少ないといわれており、コーヒー豆本来の風味を引き立てたクリアな味わいです。
三段峡
住所:広島県山県郡安芸太田町柴木
※ガイドツアーは要予約。個性豊かなガイドがご案内。
フランス、ベトナム、瀬戸内が融合した、唯一無二の料理
広島でベトナム料理?? と不思議に思いながら次に向かったのは、広島中心地から電車に揺られて30分ほどの海から近い静かな住宅街。洗練されたモダンベトナミーズを提供する「CHILAN(チラン)」です。シェフのドグエン・チランさん、ソムリエの藤井千秋さんの夫婦で営んでいます。
瀬戸内の食材をふんだんに使い、チランさんが長く携わっていたフランス料理をベースに、自身のルーツであるベトナムを融合させたどこにもない料理。器やインテリアにもこだわり、ここだけの独自の世界観を表現しています。
上の写真はチランさんが母の味を忠実に再現している、というシグニチャー的一皿「海老と豚バラの生春巻き ピーナッツ味噌ソース」。王道のベトナム料理ですが、素材の持つ生き生きとした味わいの中に、エレガントな繊細さも感じます。広島のファームスズキの車海老、加島ファームの霧里ポーク、梶谷農園のハーブ使用。瀬戸内の海をイメージしたというオリジナルの皿は広島の陶芸家、若狹祐介さんの作品。
こちらは「比婆牛ミスジのサイコロステーキ アボカドソースと柚子の香り」。器はベトナムのヴィンテージ。比婆牛とは広島が誇る幻の和牛で、希少なためなかなか出回りません。特徴はすっきりとした脂と赤身の美味しさ。チランさんの料理は全体的に身体に負担のない、胃袋に優しく馴染むような料理が多く、牛肉もじんわりと奥深い旨みを味わいつつ軽やかにいただけます。
どの料理にも魚醤が使われていたのも印象的でした。ベトナムといえばヌクマムですが、チランさんはそれだけでなく、日本各地のさまざまな魚醤を集め、それぞれの個性を生かして使い分けています。今回も、カツオ、カタクチイワシ(ヌクマム)、ゲンゲ、いかなご、牡蠣(広島産)など、多様な魚醤が使われていました。
料理はデザートを含めて全7皿のコース。ワイン、またはノンアルコールのペアリングができます。ノンアルの場合、千秋さんが広島の食材やお茶などを自身でブレンドしてオリジナルドリンクをつくってくれます。
すべての料理を食べ終わった後、2階へ案内されると、そこにはもうひとつのお楽しみが詰まっていました。千秋さんが世界中からセレクトしたワインがセラーにぎっしり。自社オリジナルのワインやビール、食材などもあります。もちろん購入可能。ワイン好きなら食事の後に立ち寄ることをお忘れなく。お腹も心も満たされる、楽しい時間でした。
CHILAN(チラン)
住所:広島県廿日市市阿品4丁目2-39
リアルな競りの現場を見学に、活気ある早朝の市場へGO!
朝4時に眠い目をこすりつつ向かったのは「広島市中央卸売市場」です。外はまだ真っ暗ですが、ここでは既に人々が忙しく行き来していました。
瀬戸内の海は、穏やかな藻場で多くの海洋生物が産卵し、育つことから「海のゆりかご」と呼ばれています。そのため一年を通して旬の魚が多様で豊富。広島県はもはや「海鮮県」と言ってもいいほど! この日もたくさんの魚が市場に集まっていました。
時間になるとカランカランと鐘が鳴り響き、威勢のいい独特の掛け声とともに、魚の競りが始まります。競り人だけが使う特別な略語もあり、ちょっと変わった言葉なので、耳を澄まして聞いてみて。青い帽子は卸売業者、赤い帽子は仲卸業者だそうです。
この市場はできて40年ほど経つそうですが、昨年初めて女性の競り人が誕生しました。原田紫苑さんです。魚を食べることは子供の頃から大好きだったという紫苑さん。始めてからまだ1年弱とのことですが、慣れた手つきと掛け声で、テンポよく競りをおこなっていました。
朝早いけれど、リアルな現場を見られるのが市場ならではの楽しさ。足場が悪かったり、足元が濡れたりすることもあるので、訪ねるときは汚れてもいい歩きやすい靴がおすすめです。
広島市中央卸売市場
住所:広島県広島市西区草津港一丁目8番1号
HP: http://www.hiroshima-shijou.jp/
※見学は必ず事前予約
この土地らしさを大切にしたお酒を造る、歴史ある酒蔵
広島といえば、日本酒の存在を忘れてはいけません。広島県の西条は、灘(兵庫)、伏見(京都)と並ぶ日本の三大銘醸地です。今回は古い街並みが残る可部という地域へやってきました。旭鳳酒造は創業1865年の古い酒蔵。建物の一部は創業当時のまま残っています。現在では珍しい、戸板を上に引き上げて開閉する蔀戸(しとみど)や、トロッコの線路跡など、建築的にも見どころがあっておもしろいです。
7代目の蔵元で杜氏の濵村洋平さんが蔵の中を案内してくれました。最初に屋上へ上がると、街の様子が見渡せます。このエリアはぐるりと山に囲まれ、ふたつの川に挟まれた盆地。硬軟水といわれる地下水と、広島県産のお米で酒造りをおこなっています。酵母も自社で開発したオリジナル酵母。「可部でしか造れない酒、旭鳳酒造でしか表現できない味わいを極めていきたい」と濱村さんは語ります。
濱村さんはひとりっ子で、小さい頃から自身がいずれ蔵を継いでいく、と自然に考えていたそうです。「お酒のある場の空気が昔から好きでした。お酒があることで雰囲気が和んだり、コミュニケーションが深まったりする。それはお酒が持つ大切な役割だと思っています」
酒米だけでなく、食用米を使ったお酒を新しい試みとして挑戦しています。酒米より食用米の方が農家さんも無理なく栽培することができ、持続可能な農業にも繋がるとのこと。この土地らしい、お米の良さを生かしたい、と米の風味を引き出した、85%精米のお酒もつくっています。
上の写真の「URIN(烏輪)」と名付けられたお酒は新ブランドで、太陽を表す言葉。明るい陽だまりのなかで気軽に飲んで欲しい、という思いを込めました。ワインのような果実感のある爽やかな酸味が特徴的で、あまりお酒を飲み慣れていない人にも、飲みやすい穏やかな味わいです。赤いラベルは酵母由来の酸、緑ラベルは米由来の酸で、それぞれの違いを飲み比べするのも楽しいです。
旭鳳酒造株式会社
住所:広島県広島市安佐北区可部3丁目8-16
HP: http://www.kyokuhou.co.jp/
※見学は事前に要連絡。酒造りのシーズンはNG
カジュアルな空間で、こだわりの魚と肉をお酒とペアリング
最後のランチに訪れたのは広島中心地にあるダイニングバー「牡蠣と肉と酒 MURO」。築70年の木造建物をリノベーションしたモダンで落ち着いた空間です。オープンキッチンにカウンターがあり、オーナーの小野敏史さんやスタッフとおしゃべりしながら、料理の様子をライブで楽しめます。
店名の通り、広島名産の牡蠣や比婆牛がウリですが、メニューの9割以上は広島食材を使っているそうです。実は、前述の広島市中央卸売市場にも、小野さんが同行して、一緒に魚の仕入れをしていたのでした。こだわりのある生産者や市場の仲卸さんと密なコミュニケーションを取り、長年の信頼関係で、高品質な素材を仕入れています。また特殊な超瞬間冷凍技術を用いており、素材を一番美味しい状態にキープすることができるそうです。
プリプリの新鮮でみずみずしい牡蠣の風味に感動! そのほかにも、イサキ、カワハギ、釜揚げしらす、穴子、珍しいイワシクジラなど、地元の美味しい魚介が次々と登場しました。合わせるお酒は、広島の日本酒はもちろん豊富で、他にもワインやビール、ジン、ウイスキーなど幅広く揃っています。広島食材を存分に楽しめるメニューなので、最近は海外の観光客も多いそうです。
料理の締めには鯛で出汁をとった雑炊が出てきました。感涙! ランチやディナーはもちろん、夕方に軽く一杯や、食事の後に2次会で立ち寄っても、多様なシーンで気軽に利用できそうなレストランです。
牡蠣と肉と酒 MURO
住所:広島県広島市中区三川町10-13
HP: https://www.instagram.com/hiroshima.muro/
地域の魅力を発信する個性派ホテル
今回泊まったホテル「KIRO 広島 by THE SHARE HOTELS」は、広島の中心地に建つ築35年のちょっと風変わりなビルをリノベーション。特にユニークなのが屋内プールだったスペースを、面影を残しながら改修したゲストラウンジ「THE POOLSIDE」です。地元広島の植物屋「叢(くさむら)」による個性的なプランツが並ぶインテリアにも注目です。
朝食もこちらでいただきました。地元の素材にこだわった、バラエティ豊富で野菜たっぷりなサラダや副菜、そしてクレープは数種類から選べます(卵とハムとチーズの入ったコンプレットや、シュガーバターの甘い系などもあります)。料理したい人には宿泊者用のシェアキッチンもあります。
1階には、宿泊客以外でもオープンに利用できるカフェ「tata coffee stand」があり、広島各地のバリスタが日替わりで登場。バリスタそれぞれの個性あふれるコーヒーを楽しめます。
KIRO 広島 by THE SHARE HOTELS
住所:広島県広島市中区三川町3-21
HP: https://www.thesharehotels.com/kiro/
海にも山にも美味しいものが盛りだくさんで、広島の多様な食文化を体験できた今回の旅。広島にはまだまだ知られざる食の魅力があります。ぜひ訪ねてみませんか。
Photo&Text / Ezawa Kaori
協力/広島県
店舗情報、商品情報は取材時のもので、記事をご覧になったタイミングで変更となっている可能性があります。