福島との県境に近い、茨城県北茨城市・五浦。大小5つの入江が連なり、断崖絶壁の続く五浦海岸は「日本の渚百選」に選ばれており、多くの芸術家に愛されてきた景勝地です。その海沿いにある森の中にひっそりと隠されていた天水棚田の跡がチームラボのアートと融合し、「五浦幽谷隠田跡温泉(いづらゆうこくおんでんあとおんせん)」として2024年9月30日にオープン。五浦の観光と合わせてご紹介します。
チームラボ《隠田跡》、《幽谷の呼応する森》
美術思想家・岡倉天心をはじめ、数々の芸術家が愛した街
北茨城市ゆかりの著名な人物に美術思想家の岡倉天心がいます。聞いたことがないという人も多いかもしれませんが、現在の東京芸術大学の創立者であり、1906年に天心がニューヨークで出版した「The Book of Tea(茶の本)」は、茶道から日本人の本質的な美意識を解き、世界中に衝撃を与えた名著といわれます。
五浦には、天心が住んでいた登録有形文化財の「天心邸」があります。
天心は文久2(1862)年、横浜に生まれ、少年時代から英語や漢籍を学び、東京開成学校(現在の東京大学)に入学すると、外国人教師のアーネスト・フェノロサに師事し、通訳も務めていました。東洋美術に関心の深かったフェロノサに影響を受け、日本美術の研究に専念するようになります。
美術視察でヨーロッパを回った後は、東京美術学校(現在の東京芸術大学)の開校に尽力し、やがて若干29歳で校長に就任しますが、校内騒動をきっかけに職を失います。大きな挫折を経験した後、新天地を求めた天心は、自然豊かで、大小の岩礁が点在する五浦海岸の美しい風景を気に入り、ここを終の住処として、五浦を拠点に世界へアジアの文化を発信しました。
横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山などの芸術家たちも天心に従い、家族で移り住んできました。天心の指導を受け、ここで生まれた作品の数々は、近代日本画の歴史に残る名作となっています。
海とギリギリの岸壁に建つ、六角堂も天心が残した遺跡のひとつ。東日本大震災の津波で流失してしまい、2012年に当時の姿で再建されました。
どこかオリエンタルな風情を感じる建物ですが、六角堂は、中国、インド、日本などのアジアの伝統思想を、ひとつの建物全体で表現しているそうです。中には床の間と炉が備えられ、茶室としての役割を持っています。窓の外は、太平洋の荒波と断崖絶壁、周りには力強い枝ぶりの松が植えられ、どこにもない絶景。この独特の風景を眺めながら点てるお茶は、どんな味わいなのだろうと想像してしまいます。天心もここで思索に耽っていたと伝えられています。
天心遺跡(茨城大学五浦美術文化研究所)
住所:茨城県北茨城市大津町五浦727-2
URL:https://rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp/
岡倉天心という人物をもう少し詳しく知りたくなったら、「茨城県天心記念五浦美術館」へ。
岡倉天心に関する多くの資料や、五浦の芸術家たちの作品を紹介するとともに、ユニークな企画展を開催し、多様な日本美術の発信に努めています。
館内の「岡倉天心記念室」には、天心にまつわる書簡や遺品などの貴重な資料が展示されています。天心が使っていた茶釜や茶杓などもあり、天心邸の書斎が復元されています。
建物の設計は内藤廣。高知の牧野富太郎記念館や島根県芸術文化センター、和菓子店・虎屋の各店舗、最近では東京メトロの銀座線渋谷駅や、渋谷の再開発プロジェクトなどを手がけ、日本を代表する建築家のひとりです。内藤氏も若い頃に岡倉天心に傾倒していたそうです。
入ってすぐのエントランスロビーは、プレキャストコンクリートと呼ばれる24mのコンクリート部材が模様のように規則的に組み込まれた天井と、柱のない広々としたスペースが特徴的です。建築好きの人にとっては、建物自体も見応えがあります。海の見える高台にあり、敷地内にある展望台からの眺めは抜群です。
茨城県天心記念五浦美術館
住所:茨城県北茨城市大津町椿2083
URL: https://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/
アートと自然を楽しむ、五浦 幽谷隠田跡温泉へ
世界的にも人気の高いデジタルテクノロジーを使ったアートミュージムを各地に展開しているチームラボが、森の中で表現する新たな取り組みとして注目される「五浦 幽谷隠田跡温泉」。ここのすごいところは、源泉掛け流しの温泉とグランピング施設が一体化し、滞在しながら自然とアートを体感できる施設だということです。
宿泊はコテージとテントの2タイプ。
可愛らしい三角屋根の2階建コテージが2棟あります。実はこの三角屋根にはちょっとした秘密があるのですが……。1階はダイニングキッチンとバスルームがあり、リビングからつながる野外デッキ、半野外の温泉がついています。森を眺めながら浸かる温泉はワイルドで快適。1階と2階にベッドルームがあり、早速2階へ上がってみると……、びっくり!!
ここは一体どこ? 360°森に包まれ、平衡感覚を失うような不思議な浮遊感に視覚がバグる! 屋根の三角部分に鏡を組み合わせ、万華鏡のような構造を実現した部屋。「特別な部屋《天地無分別》」と名づけられています。屋根を見ていたらふと思いついたという、チームラボの遊び心溢れるマジック。奥にはベッドがあるので、そこに寝そべりながら、起きていてもまるで夢の中にいるような、非現実体験にどっぷり浸れます。
夜はさらに幻想的な世界に。光と色が刻々と変化していき、いつまでも見飽きることがありません。魔法のようなファンタジックな光景です。
自然の中でもっとラフにアウトドアを満喫したい場合はグランピングテントもあります。
バナヘイムテント、ミッドガルドテントの2タイプ。いずれも2~4名で利用可能。バナヘイムテントは天井が高く多数の小窓があり、開放感に溢れています。中には家具が配置され、ホテルに泊まっているのとあまり変わらないのでは、と思うほど。
ベッドやソファ、テーブルが普通に設置されており、冷蔵庫もあります。
ミッドガルドテントは、デザインがちょっとユニークで、広い空間の他に、秘密の小部屋のような小型コットンテントが一体化しています。子供が隠れて遊ぶのにも喜びそう。
デッキにはキッチンスペースがあり、ディナーは地元の人気レストランシェフが監修した「海鮮BBQ」を楽しめます。
北茨城の新鮮な海産物や野菜がたっぷり。追加注文で常陸牛や季節の魚介なども頼めます(自分たちで持ち込んでもOK)。自然の中で食べると美味しさも格別! 朝食は出汁の効いた滋味深いサムゲタンが用意されています。
五浦 幽谷隠田跡温泉
住所:茨城県北茨城市大津町2132番地
URL: https://izurahotspring.com/
※1泊2食つきコテージ泊1名あたり36,300円~、グランピング素泊まりは1名あたり18,700円~、いずれも温泉、チームラボのアート鑑賞つき。
山奥の秘密の棚田跡を目指して、チームラボのアートを満喫
夜になったらいよいよ、グランピング施設と同敷地内にあるチームラボ鑑賞に出かけましょう。自然の深い森の中を散策しながらアートと出会う、ここにしかない唯一無二の体験型ミュージアムです。
鑑賞といっても、実際はある意味探検です。森の中は結構本気の真っ暗な山道。道は狭く、坂や階段もあります。道の反対側は急な崖になっているところもあるので、足元には十分気をつけて、歩きやすい靴と服装で、荷物は少なく、リュックなど両手の空くもので行くことをおすすめします。ヒール靴は厳禁。没入感を損ない、周りのお客様にも迷惑なので、カメラのフラッシュは禁止です。できれば虫除けもお忘れなく。
さて、作品をいくつか紹介します。
《タブノキに宿る呼応する宇宙》と名づけられた作品。マザーツリーとして遠くからでも存在感を放っています。人が近づくと、最も近い球体が強く輝いて音色を響かせ、周りの球体も次々とそれに呼応していきます。生き物のような球体の光の瞬きに思わず見入ってしまいます。
《幽谷の呼応する森》。こちらも人や動物に反応して、光が輝いたり、音が響いたりします。暗い道を歩いていても、遠くのどこかで光や音が反応している様子から、誰かの気配を感じることができます。さまざまな色と光で映し出される森の風景は昼間とはまたひと味違い、いつもだったら気づかなかった枝ぶりや葉のかたちなど、森の新しい姿を発見できるかもしれません。
山の中をひたすら歩き、深い森を抜けると、やがて最後にたどり着くのは「隠田跡」。
《隠田跡》、《幽谷の呼応する森》
いきなりぱっと視界が開け、幻想的な秘密の空間が現れます。
昔々、年貢の取り立てが厳しかった時代に、農民たちは誰にも見つからないような場所にこのような隠田をこっそりつくって、暮らしを支えていたそうです。農民たちにとってはささやかなオアシスだったかもしれない、秘密の田んぼ。長い歴史の中で連綿と続く、自然と人の営みに思いを馳せながら、森に隠されたこの密やかな空間をアートとして生まれ変わらせたのです。
《隠田跡》、《隠田跡の水鏡の道》、《幽谷の呼応する森》
隠田の中は、なんと水面を歩くことができます。一歩足を踏み出すと、光の道が行く先を自然と導いてくれ、まるで夢でも見ているよう。天候によっては水面が多少上下するので、歩くときは濡れてもいい靴で。タオルなどを準備しておきましょう。
さらに、隠田跡の奥には源泉掛け流しの温泉があります。露天風呂はチームラボのアートと一体化(男女共用、水着要着用)。作品の中に身を沈めて、不思議な世界観を体全体で感じることができます(温泉は宿泊者のみ利用可)。
男女別の内湯の温泉もありますので、最後は山道で歩き疲れた身体をゆったり休めて温まりましょう。泉質はナトリウム・カリウム・塩化物泉。保湿、保温効果があり、筋肉痛や疲労回復、冷え性などにも良いといわれています。
チームラボ 幽谷隠田跡
住所:茨城県北茨城市大津町2132番地
URL: https://www.teamlab.art/jp/e/izura/
※宿泊しない人でも鑑賞できます。事前に入場日時指定のチケットを購入。
茨城・五浦の歴史文化をめぐり、グランピングでアウトドアを満喫しながら、自然と一体化したチームラボの作品でファンタジックなアートに没入。そして最後は温泉でのんびり身体を癒やして、という極上の時間。芸術の秋もスポーツの秋も、両方満喫できる旅、ぜひ訪ねてみてください。
Photo&Text / Ezawa Kaori
店舗情報、商品情報は取材時のもので、記事をご覧になったタイミングで変更となっている可能性があります。