地域の魅力を体験しながら、のんびりと旅を楽しめる観光列車。全国には多彩な観光列車がありますが、今年惜しまれつつもラストランとなるのが島根ー広島を結ぶJR木次(きすき)線のトロッコ列車『奥出雲おろち号』です。今年を逃すと乗れなくなってしまう、レトロな列車の旅へとでかけてみませんか?
景色もグルメも楽しむ! 人の温もりあふれる『奥出雲おろち号』
『奥出雲おろち号』はJR木次線の木次駅~備後落合駅間の60.8kmを1日1便往復で運行する臨時列車。1998年4月から運転を開始し、26年目を迎える2023年の11月で運行を終了する予定です。奥出雲おろち号に乗るためには乗車券に加えて指定席券が必要で、JR主要駅のみどりの窓口やJR西日本のネット予約サービス『e5489』などで乗車1か月前から購入できます。木次駅~備後落合駅は、運賃と指定席券合わせて片道1,700円です。
予約日当日は、まず木次線の起点となる『宍道(しんじ)駅』へ。ここから奥出雲おろち号に乗るために『木次駅』へと向かいます。木次線は一両のみの可愛らしい列車で、2023年1月からは愛称が『さくら』『しんわ』『たたら』『たなだ』の4種類のラッピング列車が運行中!
私が乗ったのは、斐伊川(ひいかわ)沿いの桜をイメージしたピンク色の『さくら』でした。奥出雲おろち号に乗る前から、テンションが上がります。木次線はICカードで乗ることができないので、現金を用意してくださいね。
木次駅に到着すると、『き♡』と書かれた可愛らしい駅看板を発見! ハートで『すき』を表している、可愛らしい手作りの看板です。
出発時刻の少し前になると、みんながカメラを構えはじめました。奥出雲おろち号が入線するタイミングです! 奥出雲おろち号は青と白に星を散りばめたデザインで、前面部分にはヤマタノオロチのヘッドマークが飾られています。奥出雲おろち号は出雲神話のヤマタノオロチ伝説がモチーフ。奥出雲はスサノオがヤマタノオロチを退治した神話の舞台で、神々が息づく場所なのです。
列車は風を感じる1号車と窓つきの2号車の2両編成。天候などに合わせてどちらの車両も座れますが、この日は開放感あふれる1号車に多くの人が座っていました。
奥出雲おろち号の魅力のひとつが、沿線のグルメ! 各駅の名物を売店や立ち売りで販売しています。木次駅で購入できるのは、低温殺菌のパスチャライズ牛乳で有名な『木次乳業』の飲み物やスイーツ。特に『牧場のカスタードプリン(250円)』が1番人気! たまごや牛乳の甘味を感じるプリンは、旅の思い出に残る味わいです。
10:08の出発時刻になり、いよいよ出発です。ガタンゴトンとレトロな列車の心地よい揺れを感じながら、のどかな田園風景の中を進んでいきます。
奥出雲おろち号に乗り、私が最も感動してしまったのが地元の人たちの温かさ。駅員さん、田植えをしているおじいちゃん、カフェの店員さん、幼稚園の子どもたち……みんながおろち号に、手を振ってくれるのです。コロナ禍でなかなか人とのふれあいが難しかったからこそ、余計に嬉しくなってしまいました。
日登駅、下久野駅を過ぎ、『下久野トンネル』が見えてきました。木次線にあるトンネルの中で最長となる2241mの長さです。ひんやりとしたトンネルの中はガタンゴトンという列車の音が増幅して、まるでヤマタノオロチの鳴き声のよう! ちょっとしたアトラクション気分です。トンネル内では、ヤマタノオロチのイルミネーションや地元の子どもたちも貼ったという星のシールがキラキラと輝きます。
出雲八代駅、出雲三成駅を出発すると、お客さんの数人がソワソワとしはじめました。次の亀嵩駅で名物の『亀嵩駅そば弁当(並盛り750円)※予約制』を購入するためです。約1分という短い停車時間内で買うので、お金を準備してホーム側で待ち構えておきます。
亀嵩駅で出迎えてくれたのは、そばを販売している扇屋そばの杠(ゆずりは)さん! 列車から降りることなく受け渡しを行う販売方法は全国的にとても少なくなっているので、貴重な体験です。
出雲のそばは殼も一緒に挽くため色が濃いのが特徴。太めの麺を、とろろや卵に絡めていただきました。風を感じながら、列車で味わうそばは格別……! 奥出雲おろち号に乗るなら、ぜひとも体験してほしいグルメです。
出雲横田駅、八川駅と進んでいくと、標高が高くなり涼しくなってきました。標高564mの出雲坂根駅では約5分停車し、売店で焼き鳥を買ったり、長寿の霊水として伝わる『延命水』を汲んだり、奥出雲おろち号を撮影したり、思い思いの時間を過ごせます。
ちなみに奥出雲おろち号は車掌のアナウンスも注目ポイントです。21人の車掌が交代で担当し、それぞれ個性あふれる案内をしてくれます。この日、案内してくれたのは奥出雲おろち号の車掌歴14年以上の黒田さん。写真スポットや周辺観光など、最適なタイミングで見どころを伝えてくれました。
出雲坂根駅の次の駅は、JR西日本で最も高い標高726mに位置する三井野原駅。標高差167mの難所を登る必要があり、珍しい三段式スイッチバックが導入されています。スイッチバックとは険しい斜面をジグザグと進む方式。進行方向を変えるために運転士が前方と後方の運転席を行き来するのですが、客席を通って移動する様子がユニークでした!
出雲坂根駅ー三井野原駅間の見どころはまだまだ続きます。「みなさん、カメラのご準備はよろしいでしょうか」と黒田さんのアナウンスに合わせて待ち構えていると、日本最大規模の二重ループ式の国道『奥出雲おろちループ』が現れました。奥出雲おろちループは車で走ることはできますが全貌を見ることができないので、木次線に乗車した人が見ることのできる景色です。
奥出雲おろちループの最上段にあるのは、真っ赤なアーチの『三井野大橋』。山陰と山陽を結ぶ、フォトジェニックな架け橋です! 春夏は深緑とのコントラストがとても美しく、秋は紅葉とのコラボレーションも楽しめます。
列車は広島県に入り油木駅を通過して、12:36、終点の『備後落合駅』でゴールです! 備後落合駅は地元の人を中心に駅の美化に取り組んでいる、アットホームな駅。奥出雲おろち号のグッズも購入可能です。
備後落合駅に到着したら、芸備線に乗り換えて広島方面に向かってもよし、折り返す奥出雲おろち号に乗ってもよし。折り返しの奥出雲おろち号は出雲三成駅で20分停車するので、野菜や名産の仁多米などお土産が購入できます。
沿線観光におすすめ! ワイン&ピザが美味しい『奥出雲葡萄園』
奥出雲おろち号が走る木次線沿線はさまざまな観光地があり、合わせて楽しむのもおすすめです。一押しの観光スポットが、木次駅からタクシーで約10分の場所にある『奥出雲葡萄園』。約3.3ヘクタールの畑でぶどうを栽培し、ワイン醸造も行うワイナリーです。
山間部にある広大な畑では小公子、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンなどを栽培。1999年からこの地でぶどうを栽培しており、そのほか鳥取や京都などで栽培されたぶどうを合わせて、年間約5万本の日本ワインを生産しています。5万本のうち約半分が、自社畑で栽培したぶどうです。
赤・白・ロゼ・スパークリングと豊富なワインがある中で、1番人気は自社畑で栽培したシャルドネを使用した『シャルドネ 2021(3,520円、写真左から2番目)』。辛口でスッキリとした飲み心地ながら、樽熟成によって深みのある味わいに仕上げています。洋梨のようなフルーティーな香りとリッチな樽香が心地良く、夏の暑い日にしっかり冷やして飲みたいワインです。
豊富なラインナップで、どれを選ぶか迷いそう……という人もご安心を。30mL 150円で各ワインを試飲できます! 売店でコインを購入したら、好きなワインをワインサーバーから自分で注ぐスタイルです。
ゆったりと座ってワインと食事を楽しみたい時は『庭カフェ』がおすすめ。ぶどう畑を眺めながら、焼きたてピザやカレーを楽しむことができます。『マルゲリータ(1,500円)』は木次乳業のモッツァレラチーズ、トマトソース、バジルとシンプルな具材ながら絶品! 島根県安来市産小麦とイタリア産小麦を合わせて作った生地も美味しく、ペロリと食べられちゃいます。もちろん、ワインとの相性も抜群です(グラス1杯 400円〜)。
デザートは山地酪農牛乳を使った『ソフトクリーム(400円)』を満喫。木次乳業直営の日登牧場で育った、ブラウンスイス牛の牛乳を使っており、コクがあるのに後味はサッパリ! 山地酪農とは牛舎ではなく山間部で放牧し、のびのびと育てる方法です。木次乳業は奥出雲葡萄園のグループ会社で、売店でも木次乳業のチーズが購入できますよ。
地域のみなさんの温かみを感じながら、楽しい思い出が作れる『奥出雲おろち号』。「最後の日まで精一杯運行いたします。またのご乗車、お待ちしております」という車掌の黒田さんの言葉が印象的でした。運行終了前に、ぜひ乗りに行ってみてくださいね!
・奥出雲おろち号
・奥出雲葡萄園
住所:島根県雲南市木次町寺領2273-1
TEL:0854-42-3480
HP:okuizumo.com
◎取材&撮影&文/小浜みゆ
店舗情報、商品情報は取材時のもので、記事をご覧になったタイミングで変更となっている可能性があります。